研究のコンセプト

触媒』は物質変換のキーマテリアルであり、化学工学の中心です。近年の化学工業では、ほしいものだけをつくり廃棄物を出さない、グリーンサステイナブルケミストリー(GSC)に基く環境に優しい化学プロセスの開発が強く求められています。本研究室では、環境調和な化学プロセスの構築において、有害試薬を用いない、温和な条件で進行する、高選択的な物質変換を可能とするsimple&cleanな触媒系の開発を目指しています。

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1.金属ナノ粒子の新しい触媒作用の探索

金属ナノ粒子は、金属錯体やバルク金属とは異なる性質や機能をもつことが知られており、触媒、磁性材料、半導体などの新規な機能性材料へ応用されています。

我々は、形状・サイズを精密制御した金属ナノ粒子を無機固体結晶上に固定化した触媒を開発し、新規環境調和型反応系の開発を行っています。中でも、オリンピックメダル金属である金、銀、および銅ナノ粒子をそれぞれ無機結晶化合物表面に固定化すると、担体と金属ナノ粒子の協奏効果によって特異な触媒作用が発現することを明らかにしています。

例えば、液相有機合成反応においてほとんど注目されてこなかった銀ナノ粒子は、特定の無機固体結晶上に固定化するとアルコールの液相脱水素反応に極めて高い触媒活性を示します。別の無機固体に固定化した銀ナノ粒子は、水の活性化を鍵とする、水を試剤としたシランからの選択的なシラノール合成やニトリルの水和反応によるアミド合成において、従来の金属触媒に比べ非常に高活性を示すことを見出しました。さらに、金ナノ粒子、銅ナノ粒子の触媒活性の探求へと発展させると、固定化金及び銅ナノ粒子がジオールからのラクトン合成に高活性を示すことがわかりました。また、固定化金ナノ粒子は、一酸化炭素の活性化を伴うヘテロ環合成の触媒としても機能します。液体に溶解する触媒(均一系触媒)では触媒と生成物との分離に煩雑な操作が必要であるのに対して、これらの開発された触媒は固体なので、反応後の溶液から単純なろ過により回収でき、生成物の単離操作が簡略化されます。また、固体触媒から溶液への金属の溶出がないため生成物に金属の混入はありません。さらに、回収した触媒は活性・選択性の低下なく再使用できます。

最近では、銀ナノ粒子をセリアナノ粒子で包み込んだ”コアーシェル型ナノ複合体"が炭素-炭素二重結合を全く水素化することなく、ニトロ基やエポキシドを還元できる触媒となることを見出しています。



2.バイオマス有効利用反応の開発

これまでの化学工業は、メタンや一酸化炭素、エチレンなどを原料とするC1・C2化学の基に発展してきました。しかし、現在は二酸化炭素の排出規制などの環境面の観点から、上記のような化石資源ではなく、再生可能資源を原料に用いる化学の構築が求められています。そこで、我々は、再生可能なバイオマス資源を高付加価値化合物へと変換する新規な触媒を開発することで、バイオマス由来の「C3化学」の確立を目指しています。

      

バイオマスの中でも、グリセリンは油脂工業やバイオディーゼルの増産に伴い大量に副生しているポリオールであり、その有効利用法が強く望まれています。我々はこのグリセリンの水酸基の選択的な変換反応を進行させる触媒設計を行うことで、グリセリンから有用な化合物を選択的に得る化学プロセスの構築を目指しております。例えば、精密設計した複合系の固体酸触媒を用いることで、グリセリンの高選択的なアセタール化反応が進行することを見出しています。また、グリセリンの水酸基を位置選択的に水素化分解し、1,2-プロパンジオールや1,3-プロパンジオールを高い選択性で合成できる金属ナノ粒子触媒を開発しています。このジオール合成の触媒は世界最高性能を示しており、実際のプロセスでの利用に向けた更なる検討を行っています。

3.デンドリマーを用いたナノリアクターの開発

デンドリマーは、中心から規則的に分岐した構造と内部空孔をもつ球状高分子であり、様々な研究分野で注目を集めています。通常の鎖状・分岐状高分子とは異なり、デンドリマー分子の大きさや形状を精密に制御することが可能です。我々は、ナノサイズの空孔を有するデンドリマーを設計し、金属錯体や金属超微粒子などの触媒活性種を内包させた触媒 「ナノリアクター」の開発を行っています。

外表面を嵩高い置換基で修飾したデンドリマーの内部空孔をクラスターの調製場として用いると、通常では不安定な1 nm以下のサブナノサイズのパラジウムクラスターを凝集することなく安定に保つことができます。従来の触媒科学の知見では、ナノ粒子のサイズが小さくなるほど触媒活性が高くなるとされていましたが、我々が合成した1 nm以下のサイズのパラジウム粒子ではサイズが大きくなるほど活性が向上し、ナノ粒子とは異なる触媒作用を発見することができました。

また、ポリアミンデンドリマーに銅錯体を内包させた触媒は、空孔内部で接近した複核銅と塩基点が協奏的に相互作用できる構造をとることで、酵素類似反応場としてユニークな触媒作用を示します。例えば、デンドリマー内包銅触媒を用いたフェノール類の酸化カップリング反応を行うと、従来の複核銅錯体を用いた場合よりも高選択的でかつ10倍以上高い触媒回転数を示すことを見出しました。さらには、ポリアミンデンドリマーのナノ空孔にパラジウム種を固定化すると、パラジウム種、アミノ基、ナノ空孔の3つの協奏効果により、5員環ラクトンを形成するアセチレンカルボン酸の分子内環化反応を高効率で進行させる触媒として機能します。

      


 

4.銅などの共酸化剤を必要としないWacker反応系の開発

 Wacker反応は、有機金属や触媒化学の教科書に必ず載っている非常に有名な有機合成反応です。従来、この反応では、反応中に生成するPd(0)種を効率的に再酸化するため、銅などの共触媒や塩酸などの強酸を用いる必要があり、反応装置の腐食や塩化物の副生が問題になっていました。我々は、PdCl2とアミド溶媒からなる均一触媒系が、反応中生成するPd0種を銅や塩酸などの共触媒を用いずに分子状酸素のみで直接酸化できることを見出し、CuCl2と塩酸を必要としない、これまでにない全く新しいタイプのシンプルかつクリーンなWacker反応系を構築することに成功しました。本触媒系は、従来報告されている銅を用いた系と比べても、高い活性を示し、強酸を用いないため、酸に弱い官能基をもつオレフィンも、官能基を保持したまま対応するメチルケトンに変換できます。また、本反応系は、活性・選択性の低下なく、触媒の再使用が可能です。さらに、水に替えて、酢酸を求核剤とすると、高選択的に末端炭素のアセトキシル化反応が進行し、直鎖のアリルアセテートを合成することができることも見出しました。これは、分子状酸素のみを再酸化剤として、オレフィンのアセトキシル化反応が進行した初めての例です。従来、直鎖のアリルアセテートの合成法は、5-6段階の反応が必要であったが、この方法は一段階で合成できるため極めて理想的です。

 末端オレフィンから水を酸素源としてカルボニル化合物を合成するWacker反応は、既に確立された反応として知られており、教科書では、銅の添加が 必須であり、内部オレフィンを酸化することはできないと記されています。我々は、開発した銅を用いないWacker触媒反応系がこれまで不可能とされていた”内部オレフィンのWacker型酸化反応”を進行させることを見出し、この新反応の発見により、安価なオレフィンから高付加価値 のケトンを選択的に一段階で合成できる、新しい酸化反応の世界を開拓することに成功しました。この内部オレフィンの酸化は末端オレフィンのWacker型酸化反応と異なり、銅の添加が反応を著しく阻害することがわかりました。つまり、銅などの添加が必要でない本反応系を構築できたために、これまで進行しなかった内部オレフィンのWacker型反応が初めて進行することが明らかになりました。さらに、置換基を有するオレフィンに本反応を適用したところ、酸素導入部位を制御したWacker型反応が進行し、対応するケトン類が選択的に得られることも見出しています。