骨や歯の主成分であるハイドロキシアパタイト(HAP; Ca10(PO4)6(OH)2)は、イオン交換能、吸着能、非化学両論性などの特徴を持つ機能性無機物質である (Figure
1)。当研究室では、HAP表面をマクロリガンドと捉えた高機能性固体触媒の設計・開発を行っている。HAPを用いた触媒設計では、1) 触媒活性金属種を単核で固定化できる、2) 金属種はHAP表面に強固に固定化され反応溶液中への溶出がなく、触媒活性種として効率良く機能する、3) 中性担体であるため、担体由来の副反応がない、等の特徴から均一系と不均一系の両者の特徴を併せ持った新規な固体触媒の開発が可能となる。
HAPを三塩化ルテニウム水溶液で処理すると、表面のCa2+とRu3+が交換し、固体表面を配位子としたルテニウムリン酸錯体 (RuHAP)
が得られる。RuHAP触媒は、1気圧の酸素を酸化剤としたアルコール、アミン、シラン類の酸化反応に高い活性を示し (eq. 1-3)、それぞれ対応するカルボニル化合物、ニトリル、シラノール類を選択的に与える。上記リン酸錯体は、均一系では合成されておらず、HAP表面を利用することで特異的に生成する。
〜HAP表面固定化ルテニウムリン酸錯体〜 (RuHAP)
〜カチオン性ルテニウムリン酸錯体〜 (cationic RuHAP)
RuHAP触媒を銀塩(AgOTfなど)で処理すると、カチオン性RuHAP触媒が得られる。種々の分光学的解析から、カチオン性RuHAP表面には配位不飽和サイトを持つ単核Ru3+種が固定化されていることがわかった。本カチオン性RuHAPはLewis酸触媒として機能し、aldol反応をはじめとする種々の炭素−炭素結合形成反応 (eq. 4-6)に高い触媒活性を示す。
HAPをPdCl2(PhCN)2のアセトン溶液で処理すると、HAP表面のリン酸上に単核PdCl2種が配位したHAP表面固定化パラジウムカチオン種
(HAP-grafted Pd complex) が得られる。これを種々の還元剤で処理すると、極めて狭い粒子形分布をもつPdナノクラスターがHAP表面に生成する (PdHAP)。本PdHAP触媒は酸素分子を酸化剤としたアルコール類の酸化反応 (eq.7)、Z基の水素化分解 (eq.8)、インドリン類の脱水素反応 (eq.9)、および芳香族ハロゲン化物の脱ハロゲン化反応などに極めて高い活性を示す。
〜HAP表面固定化パラジウムナノクラスター(PdHAP)〜
アパタイト構造を保持したままCa欠損サイトをもつ非化学両論組成HAPをPdCl2(PhCN)2のアセトン溶液で処理すると、HAP表面固定化パラジウムリン酸錯体(PdHAP-1)が得られる。PdHAP-1は、溝呂木−Heck反応 (eq.10) や鈴木カップリング反応 (eq.11) に極めて高活性な固体触媒となる。反応後もPd種はHAP表面に単核のカチオンとして安定に存在していることから、HAP表面HAP表面のリン酸配位子により強固に固定化されたPd(II)種が高活性発現の要因である。
〜HAP表面固定化パラジウムリン酸錯体(PdHAP-1)〜
上述のHAP触媒は、有機配位子をもつ金属錯体触媒に比べ熱に安定であり、固定化金属種の溶出はなく、触媒が再使用できるため、高価な貴金属を有効利用している。
1) J. Am. Chem. Soc. 2000, 122, 7145.
2) Chem. Commun. 2001, 461.
3) New. J. Chem. 2002, 26, 1536.
4) J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 11460.
5) J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 11572.
6) Tetrahedron Lett. 2003, 44, 4981.
7) Tetrahedron Lett. 2003, 44, 6207.
8) Green Chem. 2004, in press.