〜Hydrotalcite〜

ハイドロタルサイト(HT) (A)は、Mg6Al2(OH)16CO3の一般組成をもつ、天然に存在する層状複水酸化物である。HTは表面吸着能、表面塩基性、カチオン・アニオン交換能などを有し、ナノスケールでの触媒設計を可能とする機能性無機材料である。

〜表面固定化金属触媒の設計〜

HTの表面吸着能を利用して調製した、Ru表面固定化ハイドロタルサイト(Ru/HT) (B)を用い、均一系塩基の添加を必要とせず、水のみを副生成物とする環境調和型のニトリル化合物のα-アルキル化反応を達成した(1) [1]HTの表面塩基点はニトリル化合物のアルドール反応を進行させる。また、Ru種はアルコールと不飽和ニトリルとの間の水素移行反応に活性を示す。この結果から、α-アルキル化反応はRu種と塩基点による協同作用、すなわち、Ru種によるアルコールの酸化的脱水素、塩基点によるアルドール縮合、Ru-H種による不飽和ニトリルの水素化反応を経由して進行していると推察される (Scheme 1) また、α-アルキル化反応終了後、反応器に活性オレフィンを加えることで塩基点によるマイケル付加反応が進行し、one-potでジアルキル体が高収率で得られる。この生成物はグルタルイミド合成における重要な前駆体となる。Ru/HTは、さらに分子状酸素を酸化剤とするアルコールの酸化反応に活性を示す。Ru種による酸化反応と塩基点によるアルドール反応を組み合わせることで、2-アミノベンジルアルコールとカルボニル化合物からone-potでキノリン誘導体を合成できることを見出した(2) [2]2-アミノベンジルアルコールは従来用いられる2-アミノベンズアルデヒドよりも安価かつ安定で取り扱いが容易である。分子状酸を用いる本反応系ではケトン以外にも、これまで使用困難だった、α, β-不飽和ケトンやアルデヒド、ニトリル化合物をも反応前駆体として用いることができた。

〜固体酸塩基触媒の開発〜

HTの塩基性を利用すると、過酸化水素の存在下、α, β-不飽和ケトン類のエポキシ化反応を極めて迅速に進行させる (3) [3]。本反応系へカチオン性界面活性剤であるDTMAB (dodecyl trimethylammonium bromide)を添加することで水に難溶な基質の反応速度が向上する。これは活性種である表面アニオン種がDTMABによりハイドロタルサイト表面から引き抜かれ、有機相側へ移動するためである。基本層のカチオン交換能を利用し、各種金属イオンを基本層に導入できる。例えば、Al3+との同型置換により単核Ru3+種を導入したMg-Al-Ru-CO3  (C)は、1気圧の分子状酸素を酸化剤とし、各種アルコール類を相当するアルデヒドやケトンに選択的に酸化する(式 4[4]。また、Mg-Al-Ru-CO3の基本層のMg2+Co2+に置換したCo-Al-Ru-CO3では、Ru-O-Co結合を通したRuCoの相乗効果により、反応速度が著しく向上し、脂肪族アルコール類を効率よく酸化する[5]。さらに基本層へRuと同時にCo2+Ce4+を導入すると、飽和一級アルコールをone-potでカルボン酸へと変換する [6]HT450℃で焼成すると、炭酸アニオンと吸着水の脱離とともに層状構造が崩壊し、組成の均一なMg-Al複合酸化物が得られる(図 D)。このMg-Al複合酸化物は、1気圧のCO2のエポキシドへの付加環化100℃で定量的に進行させ、相当する環状カーボネートを高収率で与える [7]。この反応の原子効率は100%であり、かつエポキシドの不斉炭素の立体化学は完全に保持される(式 5)。本Mg-Al複合酸化物触媒が、他の触媒で達成できない常圧での効率的な反応を可能としたのは、Mg-O-Al結合に基づく特異な酸塩基両性機能にある。

1)       J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 5662.

2)       Tetrahedron Lett. 2004, in press.

3)       J. Org. Chem. 2000, 65, 6897; Tetrahedron Lett. 2002, 43, 6229.

4)       J. Org. Chem. 1998, 63, 1750.

5)       Chem. Commun. 1999, 265.

6)       Tetrahedron Lett. 2002, 43, 7179; J. Mol. Catal. A 2004, 212, 161.

7)       J. Am. Chem. Soc. 1999, 121, 4526.