第1回GSC賞受賞研究
「無機結晶の特性を活かした環境調和型金属触媒の開発」
大阪大学基礎工学研究科 金田清臣
「高機能性固定化金属触媒による環境調和型化学プロセスの開発」
本研究では、グリーンアンドサステイナブルケミストリー(GSC)の実践に向けて、有害な試薬を用いない原子効率の高い触媒反応を目指して、(A)
環境に負荷をかけない酸化反応、(B)
原子効率100%のCO2固定化反応、および
(C)
固体酸塩基触媒による廃棄物を出さない炭素―炭素結合形成反応を対象に触媒開発を行った。以下、それぞれについて[1]
持続可能な発展性、[2]
GSCの実践の視点、および [3]
研究成果を述べる。
(A)
環境に負荷をかけない酸化反応
[1]
アルコールの酸化によるカルボニル化合物の合成は、有機合成化学における最も重要な反応のひとつであるが、未だにクロムやマンガン酸化物等の有害試薬を用いる量論酸化反応により行われる場合が多い。そのため、アルコール類を大量に酸化できる、安全でクリーンな分子状酸素を酸化剤とする触媒酸化法の開発が切望されている。近年では、分子状酸素を酸化剤とし金属錯体を用いる均一触媒系が注目され、代表例としてSheldon教授のパラジウム錯体触媒
(Science 2000) があるが、酸素の加圧(〜30気圧)が必要であるにもかかわらず活性が低く、触媒の回収が困難という実用上の問題が残されている。高価で希少な貴金属錯体触媒の分離・回収・再使用を容易にするため、不溶性の有機あるいは無機担体への金属の固定化法が提案されているが、金属種の溶出や活性が均一系に比較して低いため、固定化触媒を用いた酸化反応プロセスは実用化に至っていないのが現状である。
本研究で開発したルテニウム交換ヒドロキシアパタイト(RuHAP)は、分子状酸素を用いて多様なアルコール類を高収率・高選択的に酸化し、前述の問題をクリヤーした非常にインパクトの高い固体触媒である(J.
Am. Chem. Soc. 2000)。Science誌でも、無害な生体硬組織を材料にした極めて優れた触媒
”Bone-Supported
Catalyst” として評価された
(Editors’ Choice, Science
2000, 289, 509)。本反応は、1気圧の酸素を用い、50〜100℃の低温で進行し、触媒の回収は単純なろ過操作のみで行えるためエネルギー消費を最小限にできる。また、安全でクリーンな分子状酸素を酸化剤とし、触媒の再使用も可能な点で環境に負荷をかけない。反応の選択性も高く、副生成物も水のみであり、原子効率は90%に達し、頻繁に使用されている有機過酸、および過酸化水素を酸化剤に用いる場合に比べて極めて高い。
さらに、Pdを固定化したヒドロキシアパタイト(PdHAP)は、これまで報告されている触媒の中で最も高い触媒活性を示す ( J. Am. Chem. Soc. 2002)。本触媒では触媒金属種の溶出は無く、高価な貴金属資源を有効に利用しており、分子状酸素を用いて多種類のアルコールを酸化できることから、先述の社会的要求に応えたこれまでに報告されている内で最も優れた触媒である。
[2] 本触媒は、多様なアルコールを効率的かつ選択的に分子状酸素を用いて酸化できる点で、その化学工業界におよぼす波及効果は極めて大きい。例えば、本触媒の特徴のひとつに、アルコールの酸化を高選択的にアルデヒドで止め、カルボン酸の生成や酸化分解を起こさない点があり、特異なアルコール酸化触媒として特許を申請した。また、前述した量論試剤を用いず1気圧の分子状酸素を酸化剤として、温和な条件で簡便に酸化反応が行えることから、一般試薬としての販売を計画している。さらに、ジオール化合物の官能基選択的な酸化が着目されている。
[3] ヒドロキシアパタイトを触媒金属種の担体とする特徴は、固体表面で単核金属カチオンのリン酸錯体種を創製することである (J. Am. Chem. Soc. 2000, 2002,)。均一錯体系では、ルテニウムやパラジウムのリン酸錯体の単離は報告されていない。また、HAP表面のリン酸に安定化されたPd4+やV4+といったカチオン種は、均一系ではみられない価数をもつ固体表面特有の触媒活性種である。ここでは、有機配位子をもつ金属錯体触媒に比べ熱や酸化雰囲気に安定な活性金属種を与えている。さらに、HAP表面ではナノクラスターの粒子径や表面酸化状態を精密に制御できる新しいクラスター調製法を発展させる可能性もある。
(B) 原子効率100%のCO2固定化反応
[1] GSCにおいては、汚染物質発生の抑制 (Primary Pollution Prevention) に重点が置かれているが、汚染物質浄化 (Waste Remediation) も重要な課題である。特に、CO2は炭素の最も酸化された形であり、極めて安定であることから反応試剤としての利用は困難とされてきた。近年、CO2を循環する炭素資源として付加価値の高い物質へ転換する方法が検討され、CO2をエポキシドに付加環化させる環状カーボネートの合成法が注目されている。これまでカーボネートは猛毒のホスゲンを用いて合成されており、CO2を用いるカーボネート合成はGSCの観点からも極めてインパクトが高い。均一系触媒の中でも、比較的活性の高いクロム錯体触媒は、効率的に反応させるため7〜50気圧のCO2が必要で、しかもハロゲン化合物等の添加が不可欠であるため、環境調和型触媒系とは言えない。
本研究では、添加物を必要とせずエポキシドにCO2を付加環化させるMg-Al複合酸化物触媒を開発した (J. Am. Chem. Soc. 1999)。本触媒は、1気圧のCO2を用い、100℃で定量的に付加環化反応を進行させる初めての固体触媒である。さらに、反応の原子効率は100%であり、触媒は再使用可能で、この反応の工業化への寄与は極めて大きい。
[2] 本研究で開発した固体触媒は、用途が広い環状カーボネートの合成に大きなインパクトを与えた。例えば、本触媒は1気圧のCO2を用いて種々のエポキシドの立体を保持したまま環状カーボネートに変換できる。また、本触媒は、Mg、Al、O、Hだけから構成され、毒性の高い重金属元素を必要としない点、および固体触媒という工業化へのメリットが注目されている。
[3] 典型的な固体塩基のMgOを触媒とすると本反応を効率的に進行させるために20気圧以上のCO2が必要である。これに対して本触媒が、1気圧のCO2を用いて効率的な付加環化反応を可能としたのは、表面塩基点と、その隣に存在する酸点の協同効果である(詳細は、J. Am. Chem. Soc. 1999を参照)。本研究は、隣接する酸点・塩基点で活性化されたエポキシドとCO2が表面で反応し、環状カーボネートを与える“酸塩基両機能反応機構”を端的に示した最初の例である。また、MgO結晶構造のMg2+がAl3+に置換され形成したMg-O-Al結合が、隣接する酸・塩基点を発現させている。
(C) 固体酸塩基触媒による廃棄物を出さない炭素―炭素結合形成反応
固体塩基
[1]
アルドール反応は、アルデヒドおよびケトン類の自己縮合もしくは交差縮合により、炭素―炭素結合形成に伴い選択的に1,3位を酸素化する有機合成的に重要な反応である。従来、工業的には水溶性塩基であるNaOHなどが用いられてきたが、中和時に生成する多量の塩や、逐次的な脱水反応が進行しアルドール体を高収率で得られないなどの問題点がある。
本研究では、水中で機能する最初の固体塩基としてハイドロタルサイト触媒を開発した(日本化学会春季年会,
2002)。本ハイドロタルサイトは、アルデヒド類のアルドール反応を室温下、水中で極めて迅速に進行させるこれまでにない優れた触媒作用をもつ。また、生成物としてアルデヒド体1のみが、原子効率100%で定量的に得られる。さらには、活性メチレン化合物をドナー、α,β-不飽和ケトンをアクセプターとするマイケル付加反応も水溶媒下で定量的に進行する。
[2] これまで、アルドール反応に高い選択性を示す金属錯体触媒が報告されてきているが、高価なそれらの触媒の回収に問題がある。一方、本ハイドロタルサイトは、廉価で再使用可能であるというメリットに加え、水溶媒中で有機溶媒を用いずアルドール体が高収率・高選択的に得られる極めてインパクトの高い触媒である。さらには、焼成したハイドロタルサイトを水処理し、層状構造を復元させる特異な調製法が注目されている。
[3] MgOに代表される固体ルイス塩基は、厳密な無水条件下でしか機能しない。また、NaOHを使用すると、逐次的な脱水反応が進行しα, β-不飽和カルボニル化合物となる。本ハイドロタルサイトの極めて高いアルドール体への選択性の発現は、pKaにして10.7から10.98という極めて狭い分布をもつ塩基性水酸基に起因する。
固体酸
[1]
芳香族化合物に側鎖を導入するアルキル化反応は、主に塩化アルミニウムを用いたフリーデルクラフト型の反応が適用されているが、アルキル化されると芳香環が活性化され、多置換体を生成しやすい。また、異性化も進行するため目的生成物が高選択的に得られない。さらに、化学量論量に近い多量の塩化アルミニウムが必要であるため、反応の原子効率が極めて悪く、廃棄塩も大量となる。ゼオライトの細孔を利用した形状選択的反応が注目されたが、その細孔サイズが約8Å以下と小さいため、有機合成反応で対象となる大きな分子を変換できない欠点がある。近年、大きな細孔サイズをもつメソポーラスモレキュラーシーブが開発され液相での炭素―炭素結合形成反応に用いられているが、強い酸点をいかに賦与するかが問題となっている。
本研究では、芳香族のアルキル化反応およびマイケル付加反応における新しいタイプの固体酸触媒として金属カチオン交換モンモリロナイトを開発した。例えば、チタンカチオン交換モンモリロナイト触媒では、phenoxyethanolのfluorenone
によるアルキル化反応において、次世代高機能性ポリマーの原料である9,9-bis[4-(2-hydroxyethoxy)phenyl]fluorene(BHEPF)を高収率に与える(Green
Chem. 2000)。
さらに、1,3-ジカルボニル化合物(ドナー)とα, β-不飽和ケトン(アクセプター)のマイケル付加反応では、スカンジウムカチオン交換モンモリロナイトは、当量のドナーとアクセプターを用い、溶媒を必要としない極めて効率的な反応を可能にした(日本化学会春季年会, 2002)。また、均一系ルイス酸触媒では進行しない反応性の低いドナーやアクセプターのマイケル付加反応をも定量的に進行させる。これら反応の原子効率は100%であり、生成物も定量的に得られる。典型的な固体酸であるゼオライトでは上記アルキル化反応およびマイケル付加反応が全く進行しないことから、モンモリロナイト触媒はこれまでにない新規な固体酸触媒である。
[2] 現行プロセスでは、BHEPFは硫酸とメルカプトプロピオン酸を用いて合成されている。モンモリロナイト触媒ではこれらの酸を代替し、クリーンなBHEPF製造法をもたらす固体酸触媒である。
[3] モンモリロナイトの層間に固定化されたチタンカチオン種は、層間でシリケート層に沿った鎖状の水酸化物を形成しており、これが強い酸点を発現させている。鎖状金属水酸化物は新しい水酸化物の集合形態であり、層間を鋳型とすることで初めて合成可能となった。鉄を導入したモンモリロナイト層間でも鎖状水酸化鉄種が生成し、酸素化酵素の活性点である鉄二核構造のみを取り出した”Bio-inspired Heterogeneous Catalyst”として炭化水素類の過酸化水素による酸素化触媒となる (Chem. Commun. 2002)。この時のターンオーバー数はこれまで報告された触媒の中で最も高い。また、この特異な水酸化物の構造に基づき、磁気材料等の機能性材料として応用が可能である。
<その他> パラジウムは有機合成的に最も多様な反応性を示す遷移金属であり、sp2炭素に位置選択的に炭素―炭素骨格を構築できるHeck反応やSuzukiカップリング反応の優れた触媒として知られている。これらの反応は、医薬品、農薬中間体合成の鍵反応であるが、高価なPd触媒が失活しやすいことが問題であり、再使用できる固定化Pd触媒の開発が切望されていた。ヒドロキシアパタイト固定化パラジウムはこれらの反応に、ターンオーバー数は47,000と、これまでに報告された固体Pd触媒の中で最も活性が高い(J. Am. Chem. Soc. 2002)。また、溶液中へのパラジウムの溶出も無く、高活性を維持したまま触媒の再使用が可能である点が注目されている。また、HAP表面固定化パラジウムナノクラスターは、常圧水素を用いるアルキン類のシスオレフィンへの選択的水素化反応にリンドラー触媒に匹敵する高い触媒活性を示す。